あした思い出すよう

あさってもその次も

うまいことこういったオンラインのCtoCが今後循環したら良いなと思った2018年夏

夏休みの宿題をオークションやフリマで出品することが禁止になったそうな。

一般消費者間取引のCtoCが活発になってきたとはいえ、これはこれで活発すぎるだろうと思う。

 

いろいろな取引が個人間で活発になるのは良いことだと思いつつ、なんでもかんでも「これ売れそう」「あれ売れそう」という雰囲気になるのはなんだか切ない。
「甲子園の砂」の出品に関するニュースもそうだ。砂を出品するしないの是非より、このようなニュースが流れたこと自体が現代のニュースだなぁと流れるたびに切なくはなった。

 

CtoCが万能で信用が必ずあるいえばそうでもない。

例えば、キャラモノのマグカップ等の品は、あくまで商品として売られているものを買うようにしている。飾るというよりは日々の使用目的で購入するからである。

そもそもどういった使われかたをしているかがわからないのが個人間の取引である。そんななかで「きれいに使われたであろう」と予想(願望)して買うのはなかなかに大変である。

 

高価クラスの人気家電の名称でオークション系内を検索すると出品が相次いでいる。それだけ買ってはみたものの使いこなせない又はその人にとって必要がなかったといったことが発生しているのだと思った。

かつて買取ショップや公園などで行われるフリーマーケットへ手放していたものがオンラインの力をかりて各所へ旅立っていくのは時代だなぁと感じる。

 

うまいことこういったオンラインのCtoCが今後循環したら良いなと思った2018年夏の終わりの思ったことである。